性生活2

性関係が夫婦関係にとって有益なものとなるのは、それが正しい性のメカニズムの原則にもとつくばあいだけであることを忘れてはなりません。
たとえば、性生活を問題にするときに、性交頻度は週何回が適当か、といったことが論じられることがあります。
こうした設問じたい、性のメカニズムに対する無知からでたものにすぎずも全く無意味な議論でしかないことを知らなければなりません。
性関係は、たんに生理的な現象にすぎないものではなく、そのうえ生理的条件さえ各人各様であり、同じ人間でもつねに変化するものであることを考えれば、適当な一定の頻度など、ありうるわけがないことは明らかであるといえましょう。
しいて何が適度かをいうなら、夫婦の求め合いに応じて、あるときは週に十度おこなわれようと、あるときは何ヵ月かに一度しかおこなわれないとしても、いずれもが適度であるといってよいことになるでしょう。頻度の多いことが、夫婦愛の強さをあらわすものでないことはいうまでもないことです。
調査の結果として発表された平均頻度ほど、個々の夫婦にとって無縁なものはない、ということを知っておかなければなりません。
平均というものが、広い幅をもった数字を寄せ集めて割り出した、全く架空の数であることを、忘れているひとが多すぎはしないでしょうか。
所得ならともかく、頻度が平均より多いか少ないかは、けっして性生活のゆたかさを決定するものではありません。
それどころか、週何回といった、きまった性関係のもち方は、それをだ性的なものにし、ほんらいの性のメカニズムを殺してしまうことにもなるでしょう。
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ここでたいせつなことは、平均とか頻度にこだわらず、夫婦がお互いに、できるかぎり相手の求めに応ずるよう努力するとともに、相手ののぞまぬときには遠慮する、といった思いやりある態度で、性生活をいとなむようにすることです。
そうした態度を維持するかぎり、生理的条件もほとんど問題にならないはずですが、たとえば夫婦の一方が病気その他の事情によって長期間求めに応じられず、欲求の処置に困るようなぱあいは、無理をするよりはマスターベイションによって一時的に解決するのが腎明であるといえましょう。

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